逃亡生活を終え、東京に戻ったとたんに、
全身に蕁麻疹がでちゃった小学3年生の私・・・の続きです。


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※1 補助開拓・正規開拓:「月に〇〇時間以上、布教活動をします」と宣言してその通りにする感じ。
   ギレアデ学校:↑伝道者としてさらにスキルアップするための特別なクラス。

※2 半崩壊した機能不全家庭&エホバの洗脳という二重のバイアスがかかっているため、今でも自分の言ってる事とかやってる事が、正しいか否か、ホントに自分の望んでいる事がなんなのか、自信が持てない時があります。


特殊な環境で育っても、人間て適応能力ってものがあるから、だんだんそれが普通な感じがしてきちゃうのですけれども、大人になって振り返ってみて「あれ、おかしかったんじゃね?」と気がついた時には、もう既に「普通」の基準が何なのかもわからなくなっているし(そもそもそんなものあるのかどうだか)、

それから、大人になって「子どものころ、ああだった!こうだった!」と騒ぐのもみっともないような気がしちゃって、そこへもってきて「うちだってこんな酷かったよ、でも別に全然平気」みたいなことを言われた日には、やっぱり自分のほうが子どもじみてるのだ、とまた、恥ずかしくなって蓋をしてしまうわけですね。


でも、やはり、どこかの段階で、人との接し方であるとか、自分自身に対する評価の仕方について、学びなおさなければ、ずっと苦しさを抱えたまま生きていかなくちゃいけないわけです。


それで、私の場合は、カウンセリングとか心理療法とかを色々と試してみたり、心理学や精神療法の本を買って読んだりずっとしてきましたが、そこでまた「この本に書いてあることが、一番正しい」というような考え方にたどり着かないほうが良いと思うのです。

どれが一番「正しいか」ということを突き詰めてしまうと、自分の首を絞めることになりますので、それぞれの良いところをつまみ食いでする程度が宜しいのではないかと思われます。


というわけで、私が現在、目指しているのは、何事も「中庸」であることです。




ではでは。






次回「不倫、絶対許さない?」をお楽しみに!








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